灯りひとつで、私の居場所をつくる vol.17(2026.2②)

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先日、
「暮らしを話す味わうひととき 今日是好日」という場に
パネリストとして参加しました。

その事前ミーティングで、
「母の居場所がない」という言葉が出てきました。

私自身も、家族はそれぞれ自分の部屋があるけれど、

自分の部屋と呼べる場所がありませんでした。

一人になりたくても、一人になれず、
「自分の居場所がない」と感じたことがあります。

みんな部屋があっても家族はリビングやダイニングで、

それぞれが好きなことをして過ごしています。

テレビを見る夫、スマホを触る息子、

ダイニングで作業をする娘。 

家族が同じ空間で、自由に過ごしている光景は、

とても穏やかな時間です。

けれどその一方で、「一人になりたい」と思ったとき、

家族がいるからこそ、

物理的にも、気持ちの上でも、

「ひとりになれる場所がない」と感じてしまうことがありました。 

一人になれるのは、 家族が寝静まったあとのリビングでしたが、

子どもが成長すると、 夜更かしをするのは子どもたちです。


私の方が先に眠るようになり、

気づけば、「ひとり時間」を過ごせる日はごく稀に。

家族はそれぞれ好きなことができているし、
空間としては何も問題はありません。
片付いてもいるし、ダイニングには椅子があり、リビングにはソファもある。

それでも、
「ここに座りたい」
「ここでゆっくりしよう」
そう思える場所が見つからないのです。

今思えば、その原因は灯りがある・ない、ではなく、

灯りが空間全体に対して

均等に使われていたということでした。 

天井からの光は、
部屋をまんべんなく照らします。


安全で、機能的で、便利。

でもそれは同時に、
空間に[境界線]をつくらない光でもあります。

どこにいても同じ明るさ、
どこに座っても同じ雰囲気。

その結果

無意識のうちに、
自分の居場所を感じにくくなってしまうのです。

だから私は、

居場所は、場所そのものではなく、

灯りの届く範囲でつくれるものなのかもしれない

と考えるようになりました。 

空間の中に、

強く主張しない光が

ひとつあるだけで、

そのまわりに

小さな“内側の領域”が生まれる。 

その灯りの代表が

ランプです。

ソファの横に。
ダイニングテーブルの端に。
ベッドサイドに

ランプを置くことで
空間の中に小さな円が生まれます。

以前、

あるホテルのBARで、

テーブルごとに

小さなポータブルランプが

置かれていました。 

店内は広く、
人の気配もあるのに、
不思議と落ち着きます。

それはランプの光が、
テーブルごとに
小さな世界をつくっているからなのだと思います。

ランプの灯りには、

人の意識を

そっと内側に向ける力があります。 

視界のすべてを照らさないから、
必要なものだけが静かに見えてくる。

本や手元のカップ、
ソファの肘掛け、
壁に映るランプのやわらかな影。

その灯りの中で過ごす時間が、

家族と同じ空間にいながらも、

自分のための時間を生み出します。
 

部屋を持たなくてもいいし
完全にひとりにならなくても、灯りひとつで、
「ここが私のスペース」と感じられる場所を、
暮らしの中につくることができます。

ただ、

暮らしの中では

多くのものが

すでに定位置に収まり、

どこに置けばいいのか、

どんな灯りを選べばいいのかは、

ひとりでは

なかなか見えにくいものでもあります。 

私は、
家具や間取りを変えなくても、
今の住まいのままで
「私の居場所」をつくる
照明の置き場所や選び方をお伝えしています。

最近、自分の時間が少なくなったと感じていたら

灯りを整えるタイミングかもしれません。

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